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椎名霧と申します。
某大学心理学科の2回生。休学中です。

毎日ゆったり、ゆっくり。


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以下、ちょっとしたトリセツ
更新しました(2018/1/2)

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実は入院しておりまして。


色々あったのですが、端折ってしまえば独居生活ができなくなった、という感じ。

今回は通院先の大学病院に入院です。
こうやって記事を書けるような緩い病棟。閉鎖だけど。


また1ヶ月です。
ゆるりとエネルギー貯めましょう。
ようやく調子が戻り始めた感じです。
2週間、3週間、泥沼にはまっているようだった。

しにたい、しにたい と呟きながら、なんだかんだ生きていたのです。
はあ、実のところまだしにたい。

けど、「いま」に負けてたまるか、と思う。


正直入院して全て楽になりたかった。
実家方面への紹介状は書いてくれそうだったけど、
大学病院での入院は選択肢として与えてくれなかった。

くそったれ と思いました。
滅多なことがなければ思わないのに。

これだけしんどくても1ヶ月粘れば外来でもどうにかなるんだなあ、
という感想をもちました。
しんどくて仕方なかったです。


しばらくバイトの復帰もおあずけ。
前期いっぱい休学。
なにもない。

宙ぶらりんで、色々焦るね。
生きてます一応
死んでないです今のところ

でも死にそうだ
死んじゃいたい
久しぶりにパソコンからの投稿です。

昨日,実家からの搬出を終え,遂に実家がなくなりました。
あれほど出ていきたいと思った家だったのに,
家具を出し終えたあとの殺風景な部屋を眺めると,ひどく寂しくなった。
曲がりなりにも実家だったのだ,と思う。今になって。

今は最後の受診日までホテル暮らしです。

半年間の実家暮らしもこれで終了。


心を握りつぶされるような孤独感に襲われても,一人で耐えてきたようだけれど,
同じ屋根の下に誰かが居るか居ないかでは大違いなのであって。

吐きそうなくらいに,なんとも言えない感情がこみ上げてくる。

一人暮らしをしていた1年半,どうやって生き抜いてきたのだろう。
どうやって生き抜いてゆくのだろう。


【続きを読む】

2週間くらい浮上していたけど、再び下降中。
なかなか上手くいかない。

毎朝のように、ストーブの灯りだけでお茶を飲む。
早朝に、ひとりで。


シュンッ って消えてしまいたい。
今までのこと、全てなかったように。

誰に宛てるでもなく、たすけて と呟く。
最近、ここ10日くらい、毎晩不安の波に襲われます。
飲み込まれないように、頓服飲んだり温かいもの飲んだり
色々試みてはいるけれど、どれもいまひとつ。
難しいなあ。

ここに書いたことあるかな、分からないけど、
この春に母が再婚します。ので、実家が遂に解散。
実家に置いてあった私物を自分の家に送る作業に追われています。

いやあ、断捨離がはかどることはかどること。

自分のお家も契約満期になるので引っ越し。
色々あったため更新はしませんでした。


たくさんの変化がある春。
ついてゆけるかな。


不安だ。ふあん。
そういえば、入院時の保険金がおりました。ワーイ


体重減るのが楽しいです。
痩せるのが楽しい訳ではない。
鎖骨を眺めるのは好きだけど。
数字が減ることへのこだわりだ、知ってる。

毎朝下着だけで体重計乗るのやめたい。
毎朝の習慣になってしまった。
少しでも体重が増えていると怖くなる。

こんな、気持ち悪い私を、わたしは許してあげられない。
それでもいいよ とは言ってあげられない。


退院後メンタル上向きになった気がしない。
入院で何が変わったのかね。分からんな。

しにたさも全部そのまま
しにたいしにたい って呪詛のように呟く



人とご飯食べられなくなった。
食べているところを見られたくない。
家族はもう駄目だ。
すごくすごく仲の良い人でないと駄目になった。

わたしはおかしい。
こんにちは。

毎週水曜日の午後一番、受診を続けています。
期限つき。3月半ばまで。


休学を決めました。
なるようになるんじゃないの。
分からないけれど。



色々つらくて、うまくいかないことが多い。
ぎりぎり悪化はしてない感じ。

わたしという存在に触れるのは主治医だけでいいのに。


こんなに自傷行為をしながら過ごすのはいつ振りだろう。

自分が気持ち悪い。
腕が傷だらけなのも、体重にこだわりあるのも
全部、ぜんぶ。

自分の吐く言葉で自分を呪い殺しそうだ。

責めてばかりだ。
・今食べられてるもの
スープとヨーグルトは基本的に。

喉の感覚はあまり気にならないけど、
食べ物を口に入れることに抵抗が少しある。

頓服飲んだら普通の人みたいに食べられるけど、
胃が重たくなって気分が悪かった。


・睡眠、やはり気になります。


・母との関係と今後のこと
椎名さんには一人暮らし向いてると思う と言われた。母と距離を取るのは間違ってない。

4月からの休学はもう少し考えたらいい。
決める目安は2月上旬くらいで。

こうやって今後のこと考えるの大事だよ。
椎名さんは また正論言ってるな と思うはずだけど。
(思いました。)


・自傷行為云々



以上。

前回の緊張度はどこへやら。
仲良くやっていけそうな雰囲気です。

前回の受診で、「(距離が)近くて怖い」と言ったら、
診察を始める前に、どこがいいか考えてくれました。
先生のそういうところ好きです。


あー、でも、前主治医が懐かしい。
あのそっけなさ、たまに好き。


次回受診、水曜日の午後。
一度目の入院後も、大体5~6キロ減ったのだけれど
その後、緩やかに戻って、最終的にはプラス5キロになった。

あの時は、体重が減るのは楽しくても、
食べるのが苦痛ではなかったのだ。

なぜだったのか。


食べられないのか、食べないのか


一度目から5年経っていた。
21歳になっていた。

たぶん私は、自分の身体を自分の支配下に置きたいのだ。

食べないことで減ってゆく体重
腕を切ると増えてゆく傷跡


以前の私は、誰かの所有物でも構わなかった。
構わなかった、気にならなかったのではなく、
所有されていることに気付いていなかったのかもしれない。


目に見えるものが好きだ。


自分による自分への支配

それがひとつ、答えかもしれない。
年末年始もメンがヘラっています。

摂食一歩手前なのは重々承知の上です。
31日、1日と頓服を飲んで、空気を読んで食べました。

お腹が重たい。
罪悪感というか、なんかモヤモヤする。
気分が悪い。

なので、今朝はひたすら水分を摂取しています。
物理的に腸をいじめている。


罪悪感にまみれるのと、腸をいじめ抜くの、
どっちがマシなのでしょうか。

吐かないだけ許される。
ああ、吐けない身体で良かったと、心底感じる。




そんなこんなの年明けです。

新年おめでとう。
今年も皆さまが穏やかに過ごせますように。
私も穏やかに過ごせますように。


愛を込めて。
寝ること 食べること
どちらかひとつくらい正常化しないものなのか。


夜明け前に目が覚めて、真っ暗なキッチンの明かりをつける。
そういう毎朝を繰り返すわけではなく、
2,3日に一度訪れる。

眠る前に頓服をあらかじめ飲むと朝まで眠れる。

どちらがいいのか、もう分からない。


だから、2,3日に一度。


入院前から食べられなくて、退院後も食べられなくて
緩やかに、されど確実に減ってゆく体重を、毎朝計る。

食べられなくなる前と比べて、6キロは減った。
まだ食べられないから、ここ数日も減り続けている。

食べ物を口に入れること、咀嚼すること、飲み込むこと
この一連の動作が、すんなりできない。

どうして。


切羽詰まっている体重じゃない。
世間的には健康的な肥満体。

なのに、すごく怖いのだ。

食べられないことが、人でなくなっていくようで。


それなのに、毎朝体重を計って、
少しずつ小さくなる数字に喜んで、
少し浮き出た鎖骨を撫で、日に何度も愛でる。


本当に食べられないのか、
食べられるのに食べないのか。

うんざりする



眠ったら、また朝がくる。
長い一日が始まる。

不安定な睡眠と、食行動と、体重たち。
そんな自分を大切にしてあげられない。
木曜日は受診日だった。

退院してから2週間。しにたい ばかり考えていた。
主治医は、正論しか言わない人に戻っていた。

ああ、振り出しに戻った感じだ。


敬語で話されること、物理的距離が近いこと、
正論しか言わないこと、教科書的診察 等々

若い先生なんです。
真面目で、熱心で、きっといい先生。



上手く、いろいろ が伝わらなかった。

年明けもこんなだったら嫌だなあ。
入院後半でようやく普通に話せるようになったのに。

振り出し。

次は20日後。

耐えられるのだろうか。
耐えるしかないのだけれど。
口を開けば しにたい が出てくる。

呼吸をするように、しにたい、しにたい。



受診日はまだなのか
いつまで真綿で首を締め続けられればいいのか


生きるか死ぬか どちらかにしてくれ


もうだめだ
たすけて

この台詞も使いすぎですか
3日間ほど寝込んでいた。

退院後、どうして次の受診まで2週間も空くのかとか、
結局入院で何が良くなったのかとか、
そういうことばかりを、ぐるぐると考えていた。

今日は若干浮上中。
頓服なくても起きていられるくらい。


しにたさがあふれる。

やわらかな音をたてて
こぽこぽ といいながらあふれてゆく

受診日に笑って言えるかな

「今までありがとう」
入院記録更新していきます。
ぼちぼち。

記事は全て閉鎖病棟入院記に入れますので、よろしくね。

全部で28日分の予定。
退院しましたので

報告だけ。
眠れるまで。
2度目のルネスタを飲んで効き待ち中。

昨晩は高校生の女の子と仲良くなれた。
私よりも4,5日早く入院していたらしい。
学校の出席が危ないから、入院が痛いらしい。

以前の自分をちょっと見ているみたいだ。


一度目の追加眠剤をもらいに行ったとき、看護師さんに話を聞いてもらった。

実家に戻ってきた実感がないことや、
理由なく落ちてゆく気分に振り回されて入院したこと。
このまま退院して、今までと同じような生活をしても、
また戻ってくることになるのではないかということ。
かといって、単科精神科病院で治療する必要があるのか。
不安が沢山あって、どれから片付けたらいいか分からないこと。

自分ってつくづく頼れる人少ないんだなあって思った。
親を頼れないのってきつい。

沢山泣かせてもらった。
「こうやって夜なら時間とりやすいから」だそうです。
受け止めてもらえてほっとする。
あまり食べられないのに、その上時間までかかるのやめたい。


午前中、なんかモヤモヤっとしたので頓服を飲みに行った。
そしたら、一度目の入院でお世話になった看護師さんがいた。

その看護師さんと少し話せた。

名前見て、もしかして...? と思っていたらしい。
大人っぽくなったねー と言われた。
それはもうね、5年前だからね。

「一人暮らし大変だった?」と聞かれた。

楽しかったんだけどな、
つらいことばかりだけではなかったはずなんだけど、
普通に生活してたはずなんだけど。

実家にいた頃よりも、絶対に幸福度は高かったと思う。
一人暮らしをしていた間は、「私さえいなければ」がなかった。
沢山たくさん自己嫌悪もしたけど、
ずっとつきまとってにた死にたさが、少し軽くなっていた気がする。

なのに、どうして。
常用薬で久しぶりに寝付けた夜であった。
深夜に追加でルネスタもらいに行ったけど効かなかった。
学校のこととか考えてたからかも。
それにしてもルネスタは苦い。

ふと思った。
私が調子いいときに家事をしていたのは、
自分が存在しても許される状態にするためだったのかもしれない。
洗濯物をたたんだり、食器出したり。
そういう一つひとつが、家に置いてもらっている対価のようなものだった気がする。


1ヶ月で即復学するのかなあ、私。
今後生きてゆくために、今どうやって病気と向き合えばいいのか分からない。
一度目の入院でだいぶ視野が広がった。
今回の入院も、そうやって、
何か大きく得るものがあるといいけれど。

とにかく今、何が不安・何が困ってる とかが分からなくて
それが一番困っています。
誰か助けて 状態。
8時半くらいに病院に着き、諸々の検査後、病棟へ。
今回の主治医はF先生。
ベッドは3連続窓側。ラッキー

主治医、押しが強くて苦手だなあ...。

数年ぶりに来たら自販機が設置されていた。
そして浄水器が使えるようになっていた。

看護師さんも、数人知ってる人が残ってた。


一人暮らし、頑張りすぎたのかなあ、分からないなあ。
少し涙が出る。

今回も年齢層がちょっと高め。
こう、都合よく同年代の子が入ってこないものだろうか。
また1ヶ月後ね。
本日、入院当日です。

お薬きちんと飲んだけど2時すぎ起床でした。
睡眠時間、2時間半くらい。

もう少し眠っても許されると思うんだけどなあ。


暇で仕方ないので日記を書いていました。
そして、今までのブログ記事の抜粋とか、
Twitterの抜粋とか、色々していた。

それでもこの時間です。
まだ早朝。
やめてくれ不眠。


下の記事を書きます。
ちょっと重ための。
家族の前でも仮面をつけている。

入院が決まったよ と伝えると、母は、
「わかりました」と返してきた。

「帰ってきた頃より元気になってると思う」と言われた。
ごめんなさい、元気になっていくのを演じています。
家族が帰ってくる時間帯に合わせて頓服を飲み、
うるさいところからは自分から離れています。

みんなの日常だったものを壊さないように。

地を這うような調子の悪さは、見なくていいよ。
見たところで何もできないよ。

頼りになるのは、心配してくれることではなく、
家事を代わってくれたり、経済的に支援してくれたりで、
家族が私の病気をどうこうはできない。

結局は、薬と医者と、社会から離れること。

自力で手続きできたら、向こうで入院したよ。
なにもできないから戻ってきた。


私が生きてさえいなければ と何度も思ってきた。
一人暮らしを始めて、それが随分と減った。
実家に戻ってきて、復活してしまった。

ここにいてはならないのだ。
生きていてはならないのだ。
生まれてきてはいけなかったのだ。

なんで、どうして、
なんで生きてしまうの。

そればかり。
全く生産性のない自分に腹が立つ。

生きている自分を肯定してあげられない。
今まで沢山死ぬ機会があったのに、
みすみす逃してきた自分が憎たらしい。

死ぬことを怖がる自分が嫌いだ。


「性格としての希死念慮」

ぴったりの言葉だと思う。
ずっとずっと、根底に死にたさがある。


次こそ完遂したい。

そう思って何年経ったかな。
老いて、死ぬまで、そう思い続けるんだろうか。
3度目の入院が決まりました。
あっさりと。

紹介状を読んだ時点で決まっていたのかもしれないと
そう思ってしまうほど、あっさりとしていた。

「色々苦しいことがあるのが分かるんですけど、
今一番苦しいことはどれですか」
とか、
「いつ頃向こうに戻りたいとかありますか」
とか、
色々いろいろ聞かれたような気はするような。

ずっと、ぼんやりつらくて、緊張もしてて
あまり記憶がない。


とりあえす、驚異の速さでベッドが空いたので
明日から入院です。
なんなら今日からでも入れると言われたけど、
もしかして元々ベッド空いてた説。
とにかく早すぎる。

また1ヶ月後ね。

お薬の調整と、余裕があれば発達障害の検査しましょう
とのことでした。
ここは私の居場所ではないのだ と思う。
毎回、まいかい。

実家。


負担が軽減されたのは、家事的問題だけで、
生きること そのこと自体の苦しみが大きすぎる。

分からない、何が分からないのかも。


向こうであっさり入院すればよかったかもしれない。
早くはやく、受診日。

はやく。
つらくて仕方がなくて、受診を3週間も早めた。
もう、いつものルーズリーフを書く気力もなくて、
伝えたいことは全てLINEの文面にして行った。

苦しい、苦しいが溢れていた。

「今の状態だと、このまま徐々に気分が落ち着くとは考えにくいです。
選択肢はふたつで、ひとつは今の大学病院に入院。
もうひとつは、実家に帰って療養もしくは入院」

と言われた。
入院だと言われるような気がしていたし、言われたかった。

楽になっていいよ、と。

しかし、一人で入院手続きをできるほどの気力もなく、
実家に戻ってきた次第です。

主治医からは「実家もあまりいい環境とは言えませんが」と言われた。
ので、来週の初再診は入院方向で話をできたらいいなあ。


実家に帰ってきたら、少しは眠れるかと思ったけど、
そうでもないようです。
追加眠剤が効かなくて、こんな時間に起きてしまっています。
その後ひどく不調が続き、実家に帰ってきました。
来週には元々かかっていた病院を受診する予定。

これで楽になれる。
楽になれるんだ。

自分ができない、たくさんたくさんを少しおろして、
かなしみをじっくりと味わおう。
10月に入る前から、ずっとずっと不調だ。
1週間だけ途中、浮上したけど、現在再び沈み中。


一昨日は受診日だった。

「1ヶ月だいぶしんどかったんですね」と言われた。

「これから1ヶ月、つらくなったら、来ていいですか」
と尋ねると
「いいですよ」
と返ってきた。


苦しさが拭えない。
頓服が手放せない。

1ヶ月くらい、社会から距離を取っていたい。


秋の風が吹く。
色々な音を乗せて流れ込んでくる。

つらい、
苦しい。

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