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昨日は久しぶりに沢山泣きました。

今、学校の方に4月から使うIDカードの苗字を
母親の旧姓に出来ないか交渉しています。
戸籍自体は母親と話し合って、5月までに変えることになりました。

最初は妹の中学卒業を待ってから戸籍を変える予定だと話したので
やはり、きちんとした書類がないと対応できないと突っぱねられたのですが
もう私には父親の苗字が重すぎます。
2年間背負ってきたけれど、潰されそうです。

母親との話し合いは案の定、話し合いから言い合いに発展して
最終的には喧嘩になり…といつも通りで、
私がいくら冷静に話をしても、どうにもならないことだと知っています。
だからこそ、私のことは理解しきれないと思う。一生かけても。
でも、私があまりにも苗字に執着するのを見て、少し考えたらしく
4月は忙しいからできないと思うけど、5月中には。という約束をしてもらえました。
今までだったら「いつかしようとは思っている」で済まされていたものが
ここまで進みました。本当に長かった。


母親と話している間に新たに分かったことがあります。
母親は父の戸籍から抜けているけれど、私と妹は抜けていないということ。
よく分からないけど、これは父親に親権があると考えていいのかな。
とりあえず、母親から2年間騙され続けていたことに腹が立って、叫んでしまった。


昨日の夜、母親と話し合った結果をすぐに担任に電話で話して
2ヶ月後には変えます。それでも駄目ですか。って言ってみた。
さっき電話が来て、夜に学年主任からもう一度電話が来るそうです。
厄介なことになってるな…と改めて実感。
というか、私って厄介な生徒だな。



最初に担任から対応できないという話をされた後、
少しでも期待した自分が馬鹿らしくて、自分一人で抱えられなくなって
でも母親には何も言えなくて、元担任に電話してしまいました。

私にとって本音を言える人。
母親よりも、ずっとずっと信頼している人。


二言目には泣き出してました。
苗字のことだけじゃなくて、色々考えてはいるけれど保留しているものがあって
自分の進路とか、それなのに動かない身体とか、
母親との関係も、主治医が変わる怖さも、
もちろん4月がくるというだけで、生まれてしまう不安も。
全部全部抱え込んでいたんです。

確かに、今の主治医にも話していた部分はありました。
でも、「先生が変わるのが怖いよ」ってなかなか言えないんです。
白衣の裾を握って離さない幼児みたいで、駄々こねてるみたいで。

小出しにしていた不安だけれど、それを超える速さで新しい不安が積み重なっていく。


本当に電話に出てくれてよかった。
こんなに泣いたの本当に久しぶり。

私の中での信頼できる人という尺度は、その人を相手にして涙を見せられるかどうかです。

どれだけ自分が弱くなってても、どれだけ自分自身がその人を信頼していると思ってても、
弱音を吐いたり、小さいことで涙を流せたり、そういう関係になれない限りは
本当に信頼しているってことにはならない気がします。

だから、前の学校で相手にしたときに思いっきり泣ける先生がいたことは
私にとってとても良かったことなんです。
それだから、今でも前の学校が好き。
沢山の先生たちのことが好きでいられるんです。


男の前で豪快に鼻かむやつ初めて見たぞ って一回言われたけど、
昨日の電話で「いつか先生の前で泣いても、また鼻かみますよ」って言ってみた。
そしたら「お前はそういうやつだってこと知ってるから」だそうです。
今度会ったら抱き付いてやろうかな 嬉しかった。

最後は笑って終われたんだ。



2回目に担任と電話で話したとき、絶対に泣くものかって思ってた。
でも、ついさっきまで母親と喧嘩してたこともあって、
今の苗字で呼ばれることが重荷過ぎて、「苗字で呼ばないでください」って叫んだ。
担任相手に叫ぶこと多すぎると思う 本当に。
普通のトーンで話すことが出来なくなると、どうしても声を制御できない。

でも、私の苦しみは伝わったみたい。(自分で「苦しみ」って恥ずかしいね)
今日来たメールに「あなたのことを下の名前で呼ばせてください」って書いてあった。


学年主任にも伝わるかな
私の気持ちは。


もう嫌なんだよ
好きとか嫌いとかじゃなくて、耐えきれない。



こういうことを母親は隠そうとする。
だから、私が学校に対して何を要求しているかも、
何故母親と喧嘩していたのかも、妹は何も知らない。

だからきっと、妹は何も知らないままで
今の苗字に違和感を感じることもなく生きていくんだと思う。


その環境が、ある意味で羨ましい。
無知なことが羨ましい。



ここまで来たんだ。
ここまで厄介なことにしたんだ。
とことん足掻いてやろう。

それでも駄目だったら
へこみ倒して、どん底まで落ちて
それから上を見よう。


そういう生き方もありだよね。
母親には否定されたけれど。

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