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眠れるまで。
2度目のルネスタを飲んで効き待ち中。

昨晩は高校生の女の子と仲良くなれた。
私よりも4,5日早く入院していたらしい。
学校の出席が危ないから、入院が痛いらしい。

以前の自分をちょっと見ているみたいだ。


一度目の追加眠剤をもらいに行ったとき、看護師さんに話を聞いてもらった。

実家に戻ってきた実感がないことや、
理由なく落ちてゆく気分に振り回されて入院したこと。
このまま退院して、今までと同じような生活をしても、
また戻ってくることになるのではないかということ。
かといって、単科精神科病院で治療する必要があるのか。
不安が沢山あって、どれから片付けたらいいか分からないこと。

自分ってつくづく頼れる人少ないんだなあって思った。
親を頼れないのってきつい。

沢山泣かせてもらった。
「こうやって夜なら時間とりやすいから」だそうです。
受け止めてもらえてほっとする。
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あまり食べられないのに、その上時間までかかるのやめたい。


午前中、なんかモヤモヤっとしたので頓服を飲みに行った。
そしたら、一度目の入院でお世話になった看護師さんがいた。

その看護師さんと少し話せた。

名前見て、もしかして...? と思っていたらしい。
大人っぽくなったねー と言われた。
それはもうね、5年前だからね。

「一人暮らし大変だった?」と聞かれた。

楽しかったんだけどな、
つらいことばかりだけではなかったはずなんだけど、
普通に生活してたはずなんだけど。

実家にいた頃よりも、絶対に幸福度は高かったと思う。
一人暮らしをしていた間は、「私さえいなければ」がなかった。
沢山たくさん自己嫌悪もしたけど、
ずっとつきまとってにた死にたさが、少し軽くなっていた気がする。

なのに、どうして。
常用薬で久しぶりに寝付けた夜であった。
深夜に追加でルネスタもらいに行ったけど効かなかった。
学校のこととか考えてたからかも。
それにしてもルネスタは苦い。

ふと思った。
私が調子いいときに家事をしていたのは、
自分が存在しても許される状態にするためだったのかもしれない。
洗濯物をたたんだり、食器出したり。
そういう一つひとつが、家に置いてもらっている対価のようなものだった気がする。


1ヶ月で即復学するのかなあ、私。
今後生きてゆくために、今どうやって病気と向き合えばいいのか分からない。
一度目の入院でだいぶ視野が広がった。
今回の入院も、そうやって、
何か大きく得るものがあるといいけれど。

とにかく今、何が不安・何が困ってる とかが分からなくて
それが一番困っています。
誰か助けて 状態。
8時半くらいに病院に着き、諸々の検査後、病棟へ。
今回の主治医はF先生。
ベッドは3連続窓側。ラッキー

主治医、押しが強くて苦手だなあ...。

数年ぶりに来たら自販機が設置されていた。
そして浄水器が使えるようになっていた。

看護師さんも、数人知ってる人が残ってた。


一人暮らし、頑張りすぎたのかなあ、分からないなあ。
少し涙が出る。

今回も年齢層がちょっと高め。
こう、都合よく同年代の子が入ってこないものだろうか。
また1ヶ月後ね。
本日、入院当日です。

お薬きちんと飲んだけど2時すぎ起床でした。
睡眠時間、2時間半くらい。

もう少し眠っても許されると思うんだけどなあ。


暇で仕方ないので日記を書いていました。
そして、今までのブログ記事の抜粋とか、
Twitterの抜粋とか、色々していた。

それでもこの時間です。
まだ早朝。
やめてくれ不眠。


下の記事を書きます。
ちょっと重ための。
家族の前でも仮面をつけている。

入院が決まったよ と伝えると、母は、
「わかりました」と返してきた。

「帰ってきた頃より元気になってると思う」と言われた。
ごめんなさい、元気になっていくのを演じています。
家族が帰ってくる時間帯に合わせて頓服を飲み、
うるさいところからは自分から離れています。

みんなの日常だったものを壊さないように。

地を這うような調子の悪さは、見なくていいよ。
見たところで何もできないよ。

頼りになるのは、心配してくれることではなく、
家事を代わってくれたり、経済的に支援してくれたりで、
家族が私の病気をどうこうはできない。

結局は、薬と医者と、社会から離れること。

自力で手続きできたら、向こうで入院したよ。
なにもできないから戻ってきた。


私が生きてさえいなければ と何度も思ってきた。
一人暮らしを始めて、それが随分と減った。
実家に戻ってきて、復活してしまった。

ここにいてはならないのだ。
生きていてはならないのだ。
生まれてきてはいけなかったのだ。

なんで、どうして、
なんで生きてしまうの。

そればかり。
全く生産性のない自分に腹が立つ。

生きている自分を肯定してあげられない。
今まで沢山死ぬ機会があったのに、
みすみす逃してきた自分が憎たらしい。

死ぬことを怖がる自分が嫌いだ。


「性格としての希死念慮」

ぴったりの言葉だと思う。
ずっとずっと、根底に死にたさがある。


次こそ完遂したい。

そう思って何年経ったかな。
老いて、死ぬまで、そう思い続けるんだろうか。
3度目の入院が決まりました。
あっさりと。

紹介状を読んだ時点で決まっていたのかもしれないと
そう思ってしまうほど、あっさりとしていた。

「色々苦しいことがあるのが分かるんですけど、
今一番苦しいことはどれですか」
とか、
「いつ頃向こうに戻りたいとかありますか」
とか、
色々いろいろ聞かれたような気はするような。

ずっと、ぼんやりつらくて、緊張もしてて
あまり記憶がない。


とりあえす、驚異の速さでベッドが空いたので
明日から入院です。
なんなら今日からでも入れると言われたけど、
もしかして元々ベッド空いてた説。
とにかく早すぎる。

また1ヶ月後ね。

お薬の調整と、余裕があれば発達障害の検査しましょう
とのことでした。
ここは私の居場所ではないのだ と思う。
毎回、まいかい。

実家。


負担が軽減されたのは、家事的問題だけで、
生きること そのこと自体の苦しみが大きすぎる。

分からない、何が分からないのかも。


向こうであっさり入院すればよかったかもしれない。
早くはやく、受診日。

はやく。
つらくて仕方がなくて、受診を3週間も早めた。
もう、いつものルーズリーフを書く気力もなくて、
伝えたいことは全てLINEの文面にして行った。

苦しい、苦しいが溢れていた。

「今の状態だと、このまま徐々に気分が落ち着くとは考えにくいです。
選択肢はふたつで、ひとつは今の大学病院に入院。
もうひとつは、実家に帰って療養もしくは入院」

と言われた。
入院だと言われるような気がしていたし、言われたかった。

楽になっていいよ、と。

しかし、一人で入院手続きをできるほどの気力もなく、
実家に戻ってきた次第です。

主治医からは「実家もあまりいい環境とは言えませんが」と言われた。
ので、来週の初再診は入院方向で話をできたらいいなあ。


実家に帰ってきたら、少しは眠れるかと思ったけど、
そうでもないようです。
追加眠剤が効かなくて、こんな時間に起きてしまっています。
その後ひどく不調が続き、実家に帰ってきました。
来週には元々かかっていた病院を受診する予定。

これで楽になれる。
楽になれるんだ。

自分ができない、たくさんたくさんを少しおろして、
かなしみをじっくりと味わおう。

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