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お久し振りんご、笑

もうすぐ卒業式な椎名です
今年は答辞読むのです




答辞原稿
載せちゃうね
因みに、物凄く長いです
1回計ったら13分弱あったし

学校名:‐‐中学校
その他先生は適当に仮名
漢数字は算用数字に直しました。







**




答辞


 例年よりも厳しかった冬の寒さが和らぎ、花の蕾が膨らみ始める季節となりました。
春の息吹を感じる今日この佳き日に、無事、卒業式を迎えることができることを、卒業生一同、心より感謝致します。
見慣れた通学路、毎日何気なく通った校門、友達と他愛もない話をして笑った教室、羽目を外して走った廊下…。
昨日まで当たり前だった風景が目に入る度、3年間を過ごした、この‐‐中学校に別れを告げなければならないことを、今、とても哀しく思います。
ふと目を瞑ると、この3年間のことが鮮やかに思い出されます。

 2008年4月10日、大きな期待と不安で胸を膨らませ、憧れていた制服に袖を通して初めて門をくぐった入学式。
あのとき入学式が行われたのも、今私達がいるこの体育館でした。
緊張しながらも周りを見渡すと、知らない人ばかりで、不安を感じたのをよく覚えています。
先日、1年生の頃の学級写真を眺めていました。つい昨日のことのように感じますが、写真の中の私達は今とは違い、とても幼く、無邪気に笑っています。
写真を手に思いを馳せていると、ふれあい合宿のことを思い出しました。
まだ入学後間もなくて、仲の良い友達がいない中、学級の団結力を深めようと初めて力を合わせました。
あの頃は、感じることの全てが新鮮であり、毎日が一生懸命でした。
1年生で経験した様々なことは、今の私達を作ってきた一つひとつのかけらであり、これまでの学校生活の基礎となる、とても大切なものでした。

 2年生になり、初めてできた後輩。先輩になったのだという新たな喜びをもつことができました。
しっかりしようという気持ちが強くても、なかなか上手くいかないことが多かった私達は、重要な場面で失敗し、先生方からたくさん叱られました。
でもそのときに学んだことが、今の生活の大きな糧となっています。

 また、農業宿泊体験学習では、自分達の手で農作業をすることで、私達の食生活について改めて考えることができました。
澄んだ空気の中、温かい安心院の方々と、夜空に浮かぶ美しい星を眺めたことは、今でも忘れられません。
 
 ‐‐中学校にも慣れ、代々受け継がれてきた伝統の色にも染まった2年生の頃、それと同時に「だれ」も出て、先生方から喝を入れられることが多くなりました。
しかし、日常生活の中で、先輩を引き立て、後輩を引っ張る中堅として自覚を持つことにより、一人一人が個人として、また、学年として成長することができたと思います。

 そして、3年生となり、最高学年となった私達。「卒業」という言葉を意識し始めたのはいつだったでしょうか。
時間は同じように過ぎていく筈なのに、この1年間は比べ物にならないくらい、今までよりも速く過ぎていきました。

 京都・奈良・神戸へ行った修学旅行。
班別研修を通して、仲間と協力することの難しさを感じたと同時に、大切さも感じました。
私達の学年は、校長先生からいつも「なんだ、この学年は!」と言われ続け、一度も褒められたことがありませんでした。
修学旅行から帰ってきたとき、「お前達は、やればできる」と初めて心からのお褒めの言葉を頂き、やっと認めてもらうことができたのだと、感激しました。

 毎年、「3年生のために」と全校で力を合わせる体育大会。1年生の頃は、ただ重いものとしか感じることのできなかった学級旗が、3年の歳月を経て、自分達の誇りに変わっていきました。
各種目で熱い戦いが繰り広げられ、勝敗こそつきましたが、学級の団結力に優劣は付け難く、全員が全力を出し切ることができました。
私達は、後輩の協力のお蔭で体育大会を楽しむことができ、「3年生のために」という言葉で、今年も全校が一つになっていることを感じました。
「みんな最高!」とおっしゃった、佐藤先生の言葉も忘れられません。

 文化祭では、学年合唱や劇などを通して、戦争の悲惨さや平和を維持することの大切さを学びました。
今まで味わった感動とは一味違う感動でした。それは、言葉にすることが難しく、いくら言葉を知っていても、全てを表すことはできません。
最後に校歌を歌ったときに、校長先生が泣いて下さり、私達も自然と涙が溢れました。
「この学級で、この学年で、この‐‐中学校で過ごす時間は、限られているのだ」と実感したのは、私だけではなかったでしょう。

 自分をみつめ、夢を確かめた進路選択。予測のできない未来に光を見出だすことができず、不安で眠れないことがありました。
自分がわからなくなり、全てから逃げ出そうとしたとき、自分と向き合えと諭してくれた両親。
様々な相談に乗って下さった先生方。
希望する進路は違えど、声を掛け合い、励まし合った友達。
諦めて立ち止まりそうになったときに、応援してくれた後輩。
自分は一人ではなく、周りにはたくさんの人がいるのだと心強く思い、人とのつながりの素晴らしさを実感しました。

 今、私達は止まることのない時間の中で生きています。
時間を止めることはできないと理解していながらも、あと少しだけ、共に過ごしてきた仲間と一緒に居たいと願います。
中学校3年間の思い出が蘇り、胸がいっぱいです。
このように、良い思い出を残せたのは、私達に関わって下さった全ての方々の支えがあったからこそです。
また、私達のために、学年集会でいつも熱く語って下さった、吉村先生の深い愛情も決して忘れられません。
ありがとうございました。

 在校生の皆さんへ。
素敵な思い出をありがとう。貴方達の協力なしには、行事を成功させることはできませんでした。
「当たり前のことが当たり前にできる。」そんな‐‐中学校で過ごせた私達は、とても幸せだったと思います。
‐‐中学校の校風に誇りをもって下さい。
多くの伝統を受け継ぎ、そしてまた次の後輩に残して下さい。
私達が先輩方から受け継ぎ、守ってきた伝統を、貴方達に託します。

 家族へ。
15年間、時には反抗し、我が儘を言い、手を焼くこともあったと思います。
そのような私達でもいつも温かく見守り、強く信じて、ここまで育てて下さり、ありがとうございました。

 そして、校長先生、並びに諸先生方。
3年間という短い間でしたが、大きな愛情をもって、厳しくも温かい言葉を掛けて下さったことや、優しい目で見守って下さったこと、心を込めてたくさん叱って下さったことを感謝しています。
「社会に出るための最低限度のマナーを身につけなさい」と言われたことは、今でもよく覚えています。
先生方の言葉は、いつの時も芯があり、私達の心に響くものでした。

 私達は今、9年間の義務教育の全課程を修了します。
ここに立つことができたのは、多くの方々の御支援があったからです。
様々な方々と関わりあったからこそ、私達は、この‐‐中学校で過ごした日々や、生徒であったことに誇りをもって卒業することができます。
伝統ある歴史の1ページに、記録を残すことができたことは、最高の幸せだと感じます。
私達には、一人一人違う思い出ができました。
そして、目の前には卒業生190名、190通りの道が広がっています。
自分自身で考え、自分自身で決めた道です。
これからは、自らの足で責任をもって歩んでいきます。

 別れの時が来たようです。

 新たな世界が開くことを予感させる節目にあたり、3年間で学んだことを支えとし、‐‐中学校の生徒であったという誇りや夢、そして、今感じている様々な思いを胸に抱き、何事も恐れず、力強く生きていくことを誓います。
私達が今、ここに存在しているのは、多くの「奇跡」が重なり合ったからです。
その奇跡を信じ、私達、北九州市立--中学校第52期生190名は未来への一歩を踏み出します。

 最後に、先生方、御来賓の方々の御多幸、母校となる‐‐中学校の益々の御発展をお祈りし、答辞とさせて頂きます。
今まで私達を見守り、支えて下さった、全ての方々へ、感謝の意を込めて。
本当にありがとうございました。

平成23年3月11日
卒業生代表 椎名霧

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